DICTIONARY 〜マルチ辞典〜

[大倉佑介 ライブワールド Super Attack Project 2010 〜絆〜](1/1)

大倉佑介 ライブワールド 2010 super attack project 2010(年度)絆 とは、マルチスタイル大倉が2010年〜2011年に開催した コンセプトツアーの名称、通常絆ツアーである。

【コンセプト】
2010年、2009年までカバー曲に頼る形でライブ活動を行っていたマルチのオリジナル曲が10曲揃った為、今度はオリジナル曲だけのライブ活動を行いたいという意向で立ち上がった。プロジェクトとして立ち上がったライブ活動であったがこの頃より県外公演も行うようになり、最終的にはツアーと呼ばれるようになった。


【ツアー期間について】
ツアータイトルの2010は、西暦2010年の事ではなく、2010年度の事を指してる為、当初は2010年度=2010年4月〜2011年3月の1年間で開催が検討されていた。長期間規模のツアーとなった理由について本人は 『ツアー開始前はアクティブな音楽活動がこのプロジェクトで最後になると予想していたから。』と語っている。しかし2010年1月〜3月には先行祭編が急遽開催され、ツアーファイナル公演が東日本大震災の影響で8月に延期された事から、最終的には1年8ヶ月に及ぶツアーとなった他、アクティブな音楽活動はこのプロジェクト、ツアーの後も引き続いて行われている。


【ツアーファイナルについて】
当初はライブプロジェクトとして計画していたモノの、最終的にツアーと呼ばれるようになった事から、ツアーファイナルを初主催ライブとして開催する事になった。当時のホーム戦は大久保時代、赤坂時代が平行して行われていたが

『ツアータイトルが絆であり、また、出演のきっかけになった複数のイベンターさんや、そのイベンターさんを通じてスタッフさんと仲良くなり、ブッキングにも出るようになって、そこから更に絆が広がって、余りにも多くの絆が生まれたから“ここだ!”と思えた。』

という理由で大久保での開催となった。

当初は2011年3月13日の開催予定であったが東日本大震災の影響で2011年8月7日に延期された。当時は夏に延期された事で “先過ぎる!” という指摘の声も上がっていたがその理由について本人は『2011年4月〜7月の新曲暴投祭ツアーが決まっており、どうしてもスケジュールが変更できなかった。』『8月7日は3月に主催に対する自信が付いたら今度は赤坂でイベントをやると決めていた日であり、もしやるならこの日しかないといった状況でした。幸い、大久保の方で8月7日が空いていた事や赤坂のスタッフさんにもご理解を頂けた事もあり、スムーズに日時が決まりました。』と語っている。

尚、初主催となった2011年8月7日(日)に活動名義を現在のマルチスタイル大倉に改名している。

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