DICTIONARY 〜マルチ辞典〜

[マルチスタイル大倉](1/1)

マルチスタイル大倉(略称 マルチ)
とは、東京を拠点に活動するオールジャンルのシンガーソングライター。事務所は無所属だが、個人事務所に近い役割を果たしている事務作業チーム、パーティーマルチに所属。※アーティストとしてのマルチスタイル大倉に関する記事は別記事にて随時掲載していく為、ここでは人としてのマルチスタイル大倉に関する事を中心に記載しています。

当記事 最終更新日:2018年7月7日(土)


1984年3月14日生まれ、鳥取県出身、身長178cm、体重65kg、血液型A型

【活動拠点】
東京

【ジャンル】
オールジャンル

【ライブでの演奏体制】
ボーカル+オケ

【公式略称】
マルチ

【製作活動での担当ポジション】
作詞、作曲、アレンジ、プロデュース、ボーカル
※シンガーソングライターという事で、基本的には作詞、作曲を自ら行っているが、人の意見を聞く等の柔軟性も持ち合わせている為、外部の作曲家が作曲を担当した楽曲もある。一方で外部の作詞家が作詞を担当した楽曲は2017年現在はまだ無いが『作曲提供した楽曲のセルフカバーがきっかけで、他の人が書いた歌詞の世界観に入り込みながら唄う事に対する興味が強くなった。』と語っており、将来的に外部の作詞家が作詞を担当する可能性もあるとの事。


【製作活動での主な使用機材】
fender japan ジャズマスター BLACK
※製作活動 初期の頃のメインギターでトラックメイカー氏の私物。所有主がライブパフォーマンスの中で破壊してしまった為、現在は使用不能。

GIBSON レスポールスタンダード 2本
※上記ジャズマスターの破壊直前に購入した事もあり、3rd ミニアルバム シンの製作開始をきっかけに、入れ替わるようにメインギターの座に降臨した。2本のうちの1本はカスタムショップ製の高価なレスポールであるが、マルチが好み、メインで使用しているのはその半額の値段で購入したレギュラー製のレスポールである。

【所属】
パーティーマルチ
※事務所ではなく事務作業チームです。事務所に関しては現在、無所属です。

【趣味】
地図鑑賞/ドライブ/音楽鑑賞/読書/ジョギング/絵を描く事/ファッション/音楽活動/写真/ライブでのアウェイ戦...etc

【基本的な性格】
本人曰く、マルチスタイル大倉としての自分と、いち人間 大倉佑介としての自分は、共通点も沢山あるけど、結局は全くの別人であると語っている。

一例として、本人が

※マルチスタイル大倉が熱血で夢見がちなドS野郎で最前を突っ走るタイプ。

※大倉佑介が優しくて穏やか、現実的で真面目な堅実派、縁の下の力持ちタイプ。

と、評している。


基本的には両者共に、真面目で明るい、誠実、優しい、温厚と評される事が多いが、マルチスタイル大倉としてのドS気質の影響もあり、穏やかな大倉佑介の時であっても言うときには言う、怒る時には怒るといった部分をしっかりと持っており、特に怒った時は別人のように怖くなる。

また、燃え尽きた時には思いっきり暗くなるといった部分も持ち合わせている影響から、“二重人格” “掴みづらい複雑な奴” “AB型みたいだ!”と評される事もある。

関係者曰く『怒らせなければ凄く優しい人!』『いわゆる悪い人や自分勝手な人に怒るタイプ。』『曲がった事や筋を通さない人が大嫌い!』『真面目な人。』との事。

このような部分は本人も自覚しており、他に本人が自覚している部分として、人見知りが激しいという部分がある。

また、選択や検討についてはかなりの慎重派である。そんな一面は、人生に関しては先々の事までしっかり考えてしまう、音楽活動に関しても3年位先まで目標が決まってしまっている等の影響を与えており、ツアーファイナル当日の1年半前からホールレンタルを申請してライブハウスのスタッフさんをビックリさせてしまう事も多々ある。


その為、マルチスタイル大倉に対して “しっかり者” と評する人も多いが、本人は『しっかり者に憧れて、しっかり者の真似をしているただのバカ。』を自称している。

そんな現在のマルチスタイル大倉と大倉佑介を作り上げたのは20代の頃、社会人生活とツアー生活を同時に行っていたハードな時期とその時の人間関係から得たり感じたりしたモノの影響が大きく、本人は当時の生活を“二足のワラジ生活” と呼んでいる。2017年になり、この二足のワラジ生活について本人は『この時に得たモノは自分にとって大きな財産であり、宝です。ただ、当時は都内に居る時も仕事上がりにライブがあり、ライブハウスの楽屋やステージで寝る事もある位に打ち上げも忙しかったりして、あまり自宅に居なかったので、家事や自宅に対する手抜きが凄く、今でも部屋が汚いという形で当時の影響が残っています。最近は音楽活動も落ち着いたので、少しずつ部屋を片付けるようになりましたが(汗)』と、語っている。

また、2018年2月17日(土)下北沢MOSAiCにて開催した活動10周年記念イベントにて プロ志向のようなハードペースによる音楽活動、及び、音楽依存性を引退した事は性格にも影響が出ており、本人曰く『兼ねてより自覚していた堅実で現実的な面と穏やかな面がより前に出るようになったと感じています!』と、語っている。同時に『堅実で現実的な一面はマルチスタイル大倉としてではなく、中の人である大倉佑介としての一面だと思っています。2018年以降はお佑介としての自分のそんな一面が、マルチスタイル大倉としての自分が音楽に没頭し過ぎてしまう事に対するブレーキになっている気がしてます。』とも語っている。


【私生活】
音楽活動は趣味志向である。その為、就職しているが、奇抜なルックスやモチベーションの高い音楽活動の影響で無職、そして、プロ志向と間違えられる事が多い。尚、平日の昼間はドライバーとして働いており、職場では2018年で入社10周年となる(自称)ベテランである。

〜20代前半〜中盤〜
20代前半から中盤の頃の私生活は、ドライバーとしての仕事と音楽活動以外に趣味や目標、やる事が無く、あるとすれば鳥取への帰省だけであった。その為、本人は20代の頃の音楽活動だけでなく、私生活についても “音楽依存症だった”と、振り返っている。

〜20代後半から30代中盤頃〜
しかし、20代も後半に差し掛かる頃にはそういった生活から生じるデメリット(一例として歌詞のマンネリ化、音楽以外、特にプライベートでお世話になっている人達と中々予定が合わなくて悲しませてしまう 等)に悩むようになり、30歳になると音楽以外の事、音楽関係以外の人達との交流にも、少しずつではあるが、積極的にトライしたり関心をもったりするようになる。特にスケジュール調整については、大切な人達との約束を最優先し、約束のない時に音楽活動の予定を入れるといったやり方で組むようになる。(ただし、マルチにとっての大切な人達とは、音楽活動を通じてお世話になっている人達も含む為、時には音楽活動が優先される場合もある。)このようなスケジュールの組み方は20代終盤の頃からやっていた事だが、30代になるとより一層、プライベート最優先の色が強いスケジュールの組み方となる。このようなスケジュールの組み方を何度か繰り返した後の2016年3月、活動10周年記念ライブを最後に、音楽依存性からの脱却に成功し、程よい音楽好きになれた為、プロ志向形式による音楽活動の引退を決意。

実際にそれを引退した後は、本人も音楽活動に対して “音楽好きなサラリーマン、大倉佑介君の趣味になった!”と、語るなど、堅実で落ち着いた私生活を送るようになった。


その反動で、音楽活動に費やす時間は減少したモノの、色々な事にトライするようになった影響で、歌詞の幅が広がりを見せる等、人間性が成長した為、本人は『音楽活動も含めて、20代の頃よりも日々が充実している。』と、語っている。


【持病に関するエピソード】
真珠腫性中耳炎で過去両耳をそれぞれ二回ずつ、計四回の手術経験があり、 再発のリスクの高さと軽度の難聴を抱えている。尚、マルチの場合は耳と鼻の通気の悪さが原因である為、音楽活動に関しては医師からも禁止されていない。(ので、その点は何卒ご安心頂けたらと思います。)

尚、コミュニケーションの円滑化の為、真珠腫性中耳炎という病気の怖さを少しでも知って欲しい気持ち、その経験談が少しでも誰かの力になれたら…といった想いを理由に公言している。

聴力に関しては、2006年に精密検査の結果が判明した際には、命の危機もあった程に病状が悪化していた事から、聴力回復の見込みはないとされていた。その為、本人は手術直後について、『聴力は良くならなかったけど、全く聴こえない訳じゃないし、手術をして真珠腫を取り除いた事で命が助かったから、当時はただ、死ななくて良かったとばかり思えていました。』と、振り返っている。

このような状況から、本人も周りの人達も、聴力の回復は諦めていたが、2015年頃にはほぼ正常値といえるまでに回復したといった奇跡を体験している。その理由については医師からも“奇跡としか言いようがない!”診断されている。

2018年現在では、調子の良い日には車のウインカーの音がうるさ過ぎると感じたり、大きく離れた場所にある踏切の音が聞こえる位に調子が良いとの事。ただし、残念ながら調子が悪い日もあるとの事で、聞こえてないと思った時は、お手数をおかけして申し訳ないですが、大きめの声で話しかけて下さると幸いですと、公私でその都度、呼びかけを行っている。

本人はこの病気を通じて得た1番の財産として、命を大切にする、長生きするという目標であると語っている。本人曰く『病気をしたからこそ出来た経験というのは、自分の中では2番目の財産なんです。僕の場合は、命の危機に関わる状況であった事、その病気の手術の際、多くの人達に支えられて感謝した事、支えてくれた人達が繋げてくれた命であると思えた事、だからこそ命を大切にしなきゃと思えた事が、その理由になりました!』との事である。

また、精密検査を受けようと思えたきっかけが音楽であった為、本人にとっては音楽もまた、命の恩人である。その為、初めての手術治療を受けて以降、音楽に対する恩返しについて長年自問していたが、2018年になって、“身体や命を大切にしながら、無理のないよう気をつけながら、皆様に喜んで頂ける音楽活動=マルチスタイル大倉を続けていく事だと思えるようになった!”と、自答している。


【見た目に関して】
身長178cmと、背が高い。また、髪型はコロコロ変わっており、本人の気分、もしくはその時の活動コンセプトに合わせた髪型にしている。アフロにしたり、坊主にしたり、ロン毛にしたりと、奇抜な時があるが、色に関しては地毛の黒髪主義者であり、長さも、基本的には襟足が長めのショートミディアム〜ミディアム(ロン毛ではないが長いと言える長さ)である。以前は完全にネコ毛であった為、時々パーマも巻いており、節約の為にと、アフロになる位に強く巻いていたが、食生活の改善で髪質が太くなり、艶も出て、毛量も増えた事を理由に、現在はカットと長さの長短のみで髪型を変えている。尚、カラーリングをしない理由については

“黒髪がお気に入り”

“実際にカラーリングを経験した時に似合っていなかったし、プリン頭の手入れが面倒臭く感じた”

といったモノである。その為、音楽活動を始める前にはなるが、金髪や赤髪にしていた時期もあった。

このように、ファッション的な拘りで黒髪にしている為、黒髪主義を公言しており、同時に、恋人である女の子の髪の毛に関しても黒髪を求める男子ではないとの事であるが、唯一、髪の毛へのダメージが心配になる位にカラーやパーマを繰り返さないで欲しい事だけは求めたいとの事。本人曰く『髪の毛も、女の子ご本人も可愛そうだから、見るのが辛い。』との事である。

タトゥーは入れていないが、一時期は自身が大切にしている言葉や想い(一例としてLINK MY SOUL(自分だからこそ出来る事や想いを色々な場所や人、未来に繋げていく努力を怠らないという決意) endless motivation(モチベーションが止まらない) 等 )をタトゥーとして入れる事を検討した時期があった。しかし、似合いそうにない、痛み等のリスクに関する恐怖、入れた事を後悔した人のエピソードの影響で断念した。その分だけ、歌詞に全力で想いを込めていきたいとの事である。


2014年頃にトライした襟足長めのヘアースタイルと同年に着用したカラーパンツ、2015年ライブで着用した(100円SHOPの)サングラスがそれぞれ好評であった為、以降はサングラス、カラーパンツ、襟足長めのヘアースタイルのイメージが定着している。(ただしカラーパンツは影マルチのコンセプトに見合わないという理由で2015年 及び 2015年度は着用しておらず、襟足長めのヘアースタイルも2016年には4thミニアルバム ピエロのプロジェクトの関係で坊主になった為、封印された。)

2012年ごろ、一着だけというつもりで、FREE CITYというブランドの衣装を購入し、ライブで着用した際、FREE CITYコールが勃発し、半トレード・マーク化してライブが盛り上がってしまった。その時の栄光を引きずってしまった事の他、衣料のデザインや生地の質感との相性が良いなと思った事がきっかけでFREE CITYのファンとなり、2018年現在でも、公私でFREE CITYの衣装を着用している。その為、プライベートでも半トレードマークとなっているとの事。

2017年以降は、ビーガン、マクロビ、オーガニックやエコに対する意識の高まりを理由に、エコ素材、オーガニックコットンの衣料品、特に本人が強くリスペクトしているというオーガニックブランド nudie jeansの衣料品もまた、マルチの公私においてトレードマークとなりつつある。また、nudie jeansは、マルチとしての趣向がきっかけでプライベートでも着用するようになったブランド、FREE CITYとは対照的で、いち人間、大倉佑介としての趣向がきっかけで、マルチスタイル大倉としても着用するようになったブランドである。また、本人曰く『着用するというさり気無い形で、エコ活動の提唱に繋がると良いなと思ったんです。』との事である。

【その他エピソード】
※A型と言うとビックリされる事が多い為、以前はプロフィールで血液型を公表せず、ライブの打ち上げで血液型の話題になった時に初めて血液型を公表する形を取っていた。本人曰く『その方が衝撃も大きくて面白いかな?と、思いまして…。』との事。普段はAB型と思われる事が多い。

※耳の病気については『不謹慎かも知れないけど、病気を通じて得れたモノも強くなれた部分もいっぱいあるから、大変な事もあったけど感謝してる。』と、語っている。

※作詞の際の言葉探しでは辞書に頼る事が滅多にない。自分で動いて作詞で使ってみたい言葉やテーマを探す事が多いとの事。尚、本人曰く、自分で動いた事がきっかけで生まれた曲として一番最初に思い浮かんだ曲を、PAY DAYとキャンディー坊やの歌(共に2016年発表の楽曲)、哀しみの雨(2015年発表の楽曲)の3曲だと語っている。

※衣装スタイリングは自身で行っている。以前より、友人からのファッションセンスの評判が良かった事の他、その都度の活動コンセプトを一番に理解している自身で衣装スタイリングを行った方が確実にその時の活動に見合うファッションになると判断した為である。

※カラーパンツ着用は、LINK MY SOULの世界観に合っていると感じた事や生誕30周年が重なった事を理由に、2014年に人生で初めてカラーパンツを購入、着用するようになったところ、好評を得た事がきっかけとなった。特に赤が大好評であった。

※2014年頃に襟足長めのミディアムヘアーにトライした際、本人と美容師さんにとって、とても好感触であり、以降は二人でそれをトレードマークにしようと意識するようになった。それがきっかけでトレードマークとなった他、当時は襟足短めのヘアースタイルがトレンドであった反動もあり、当時出演したネットTVでは『流行りに乗るより流行らせたい!』という名言を残している。尚、本人曰く『その意識は音楽活動の際にも役にたっています。』との事。

※サングラスを着用するようになったきっかけは2015年。影マルチというコンセプトの都合でカラーパンツを封印した際、その年の初ライブの楽屋で “ビジュアルにパンチが無い!” と、焦り、急いで対策を練った結果が (100円SHOPの) サングラスであった。その時のライブのビジュアル面に関しては、100円SHOPで買った事やチャラい風貌を活かしたMCも含めて大好評を得る形で成功し、何とか乗りきった。

※上記の出来事もあり、カラーパンツとサングラス、襟足長めのヘアースタイルがトレードマークになっている。また、本人もそれをトレードマークにしようとしている事を認めているが、『僕が本当にトレードマークにしたいのはサングラスとカラーパンツと僕自身の組み合わせから生まれる、面白可笑しくて怪しい雰囲気。』と語っている。

※最大120Kgまで太っていた時期があり、本人もそのギャップをネタにしているが、元々太っていた訳ではなく、やせ型であった。本人曰く、小学3年生の頃に焼き肉の美味しさに感動した事をきっかけに大食いとなり、ブクブクと太りだしたとの事。上京後には当然のように食事の量が激減し、半年で元の痩せ体形に戻った。

※上京してから半年後、始めての里帰りの際、上京前と体格が明らかに変化してしまった為、実家の玄関では『どちら様ですか?』状態となってしまったが、声が変わってなかった為に無事に分かってもらえたとの事。その際、体重計に乗り、60Kgも痩せている事に気づいた。(現在はそこから筋肉をつけ、65Kgである)

※先輩にちょっかいを出された時、細やかな仕返し感覚で先輩の似顔絵をギャグテイスト スタイルで書いた時にそれが大好評であり、この出来事が絵を描く事が趣味となったきっかけになっている。

※地図鑑賞とジョギングの趣味に関しては、地図を見ながらその日のジョギングルートを決めるといった形で、2つの趣味が融合する時がある。

※写真の趣味については、アーティスト写真以外の写真については“手軽だから”という理由で、カメラではなく、携帯電話を使用した撮影を好むとの事である。

※アーティスト写真が頻繁に更新されているが、趣味が写真である事、お世話になっている写真スタジオがあまりにも良心的な値段である事、頻繁に変わる事で楽しんで貰えたらいいなという想いが重なった事が理由となっている。

※ジョギングは元々、ダイエットや歌の為に始めた事だったがやっていく中で純粋な趣味になった。

※音楽活動の際はサングラスやカラーパンツのイメージが強いが、音楽活動の際であっても、その時の状況次第ではイメージとして定着しているカラーパンツやサングラスを着用しない事がある。(一例として、ライブでヘットバンキングを行う際はサングラスをはずす、影マルチというコンセプトのツアーの時はカラーパンツを地味なパンツに変える...etc)



※2014年以降、音楽活動での衣装が奇抜化した反動もあり、私生活での服装がシンプルになったと語っている。特にパンツは音楽活動の時とは対照的な、シンプルなデニムパンツを好んでいる。

※タバコは吸っておらず、また、 過去にも吸った事が無い。その理由やきっかけに関しては歌の為と思われがちだがそうではなく、本当のきっかけは小学生の時にある。タバコが身体(特に肺)を悪くするという説明の映像を見た時にショックを受けて “絶対にタバコを吸わない!”と決意した為である。本人曰く『煙草を吸う大人の姿に憧れて玩具の煙草をくわえていた時期もあったので、それまでは大人になったら煙草を吸うと思っていた。』『タバコをすってるからこその声質を持つボーカリストさんの歌声にも魅力を感じる事はあります。そんな自分がタバコを吸わないのは、人としてたまたま、タバコを好きになれなかっただけ。』との事。

※お酒に対しては、以前は飲めないがその場の雰囲気に酔って楽しむ事は可能であるのが特徴であった。30歳の時にアルコールの薄いモノであれば少しだけ飲めるようになり、それ以降は大切な打ち上げ、飲み会の時限定で、1〜2杯だけ飲むようになった。尚、その際に少し飲んだだけでも酔ってしまう事が判明している。

※マルチスタイル大倉と大倉佑介は別人であると、その都度本人が語っているが、物の好みなど、性格以外の面でも別人な部分がある。一例として、好きなスニーカーは、マルチスタイル大倉がエアフォース、大倉佑介がスタンスミスである。

※オーガニックやエコ、マクロビやビーガンへの関心が高まって以降、エコバックを自宅に忘れた時もお店の人から袋を貰わない意地が芽生えたとの事。その際、ヒィヒィ言いながら買った物を抱えて歩く姿を知人に見られ、『おバカ(笑)』と突っ込まれた時は、マルチ自身も思わず爆笑してしまったとの事である。

※ランチに関しては、オーガニックやビーガンのお店には足を運んでいるが、本業、音楽共に、体力をかなり消耗する為、おかわり自由のお店の方へと行く事がどうしても多くなってしまうとのこと。ただし、オーガニックやエコ、ビーガン、マクロビに対する関心が高まって以降は、それ以前よりも野菜を積極的にお代わりする事、甘いものやオヤツ関連の食べ物をなるべく食べないよう、意識するようになったとのことである。



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