DICTIONARY 〜マルチ辞典〜

[ソロ体制となった経緯](1/1)

2003年、都会への憧れと音楽に対する関心の強さから東京に上京。

2005年10月に東京での生活に馴れてきた事を期に、ライブハウスを始めとした音楽の集まりに顔を出すようになり、そこで声を見込まれ、ボーカルを始める事となる。(※尚、マルチの音楽のルーツであるB'zはボーカルのキーが高いイメージが強いが、マルチ自身は声量と中低音域の色気、響きが魅力であるとこの時に指摘されている。)

2006年には歌い続けていく中でバンドのボーカルとして歌いたい気持ちが強くなり、メンバーを探す。

しかし、その中でバンドの脱退、解散、それに従う活動休止の光景を沢山見てきており、それらとは無縁のバンドを結成するにはどうすれば良いだろうか?と、悩んだ結果、独りバンドをコンセプトとしたソロシンガーとしての活動を決意する。

その後、先輩からも独特の価値観、音楽性、感性を理由に、ソロでやった方がいいと指摘された事でソロシンガーとしての活動に対するモチベーションが高まったとの事。

上記の出来事を得て、2007年にソロシンガーとしての活動がスタートした。バンドメンバーを探している合間にもソロでオーディションを受けたりライブ活動を行ったりしていた為、細かく言えば2006年より、ソロシンガーとして活動しているモノの、本人は2006年の活動について『アーティスト活動とは違う。修行のような感じだった。』と振り返っており、それを理由に、マルチスタイル大倉(初期は本名 大倉佑介の名義)の始動、活動スタートの年を2007年と自覚、公表している。

このような経緯でソロ体制で活動している為、本人はアーティストとしての自分自身を“バンド”と、表現してしまう事もある他、バンドのリーダーである意識も強く持っている。

2007年以降、活動自体も薄くなる時期が生じる事はあれど、休止になった事は一度もない。(2016年現在)

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